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かふぇトレノヴェ

espresso

闇に光る目 仮題 レトロ風5

パリ
フランソワーズは夕方のヨガのクラスを終えると
真っすぐ家に帰る気になれず
表通りに向かう。
不意に日本語訛りの柔らかなバリトンの声がして
クスクス笑いながら「だから あなたが好きなの」という
若い女の子の声が続く。
振り向くと
寄り添って歩くカップルが幸せそうな光を放ちながら
立ち止まったフランソワーズの横をすり抜けて行く。
はにかんだ笑顔の男性がジョーと重なる。
今は私に向けられる事のない笑顔。
大嫌いと言ったのは私…でも…
ジョーは私があんな風に日本を離れて
何ヶ月経っても全然平気なのよ。
彼の頬をひっぱたいても
心も身体も痛みなんて感じなかっただろう。
心も手のひらも痛かったのは私。
ジョーにとって私は仲間、
戦いに命をかけた大切な仲間の1人でしかなかったのでしょう。
もうジョーの事は考えないと決めたのに…ダメね私って。
切り替えなきゃ、深呼吸してリフレッシュして…。
そうして
また歩き出そうとした時
「フランソワーズ!こんなところで何ぼぉーっと突っ立ってるの?」
背中にミレーヌの声。
前方を見た彼女が「あら、日本の彼氏の事思い出しちゃった?」と
フランソワーズに並んで立つ。
「恋人じゃなかったわ…」
「…そう。…ね、時間があるなら私につき合ってよ。
初心者向けのセットアップを展示しようと思って
これからショップに見に行くところなの。
一緒に行ってくれたらお茶をご馳走するわ」と笑う。
「う~ん、どうしようかな」
フランソワーズが笑いを堪えていると、それじゃマカロンを
1つつけるわと言ってウインクする。
フランソワーズがクスクス笑い出すと
「決まりね、さ、行きましょう」
ミレーヌは彼女の腕を取って歩き出す。
「ね、エコールの頃、思い出さない?こんな風に
女の子達で腕を組んで
何が面白いのか忍び笑いしながら次のお教室へ移動したわね」
そうねとフランソワーズも頷く。
何もかもが楽しくキラキラとしていた時代だった。
「ね、クラスはどう?お世辞とか抜きで正直な意見やアドバイスが欲しいの。
ナイトと二人、少しパリで腰を落ち着けてやって行こうと思ってるから。
後でお茶の時に教えてくれると助かるわ」
フランソワーズは頷いてマカロン頂きながらねと応えた。

ショップでミレーヌが支払いをしてると
壁に取り付けられたTVに
フランスで人気のF1選手が
日本でインタビューを受けてる映像が流れていた。
フランソワーズが何とはなしに見ているとスタッフが声をかけて来た。
「君、この前もF1を見てただろ?
奴は俺の従兄弟なんだ。サインもらっといてやろうか?」
フランソワーズが応える前にミレーヌが割って入る。
「彼女、少し前まで日本に住んでたから
懐かしくなって見てたのよ、ね?
それにショップでこのチャンネルにしてるのに
どうやって他の番組を見ろっていうの?
ちょっとオースティン、もしかして
そうやって女の子ナンパしてんじゃないでしょうね」
「まさか!なんか他の人より真剣に見てるようだったから…」
スタッフの声は小さくなった。
フランソワーズはその言葉にハッとする。
自分では何気なく見てたつもりだったのに
他人から見るとそうではなかったらしい。
ショップの隣のカフェに落ち着くと
ミレーヌは約束通りマカロンを注文し
フランソワーズに対し自分達のヨガ教室について
色々とアンケートを取り始める。
ハーブティが運ばれて来て2人は一息つく。
「お教室を
公私共にパートナーである彼とやっていけるって羨ましいわ
同じ方向を見つめていられるもの。
それにクラスの間に踊っているナイトの筋肉の流れを見ていると
惚れ惚れしてしまう。
コンテンポラリーを踊っていた頃はどんな舞台に出ていたの?」
「ナイト目当てでクラスの時間より早く来るマダム達もいるのよ。
嫌だけどしょうがないわ」
吐き捨てる様にいうミレーヌに
フランソワーズが困惑した様な視線を向けると
「ごめん、あなたはバレリーナだから、そういう所に目が行くのよね。
筋肉の動きを褒められるとか
それはきっとナイトにとっても光栄な事だと思う。
…私が言ってるのは、若い男の身体目当ての
時間とお金のあるマダム達。
同年代の女の子達より性質が悪いのよ」
「でもナイトは、ミレーヌあなたの事しか見てないでしょ?
他の誰よりあなただけの事を想ってる。
何があっても何が起こっても…あなたの事を一番に…」
「…フランソワーズ?」
心配そうにミレーヌがフランソワーズの顔を覗きこむ。
「なんでもないわ。
あなたの様に、好きな男性から愛されたいと思っただけ
素敵なパートナーに巡り逢えた、あなたが羨ましいわ。」
ミレーヌはフランソワーズの腕にそっと手をおいて
「ね、次の日曜の夜あいてる?
ちょっとしたパーティに招ばれてるの。
一緒に行きましょうよ。
あなたも話が合う人達が来ると思うわ。
ジャンが演習でずっといないんでしょ?
夜1人で家に篭っているより良いと思う。
気分変えないとね。
カジュアルな雰囲気だけど、
ちょっとお洒落して行きましょ。
お料理はケータリングされるみたいだから何も用意しなくて良いわ」
そうミレーヌに言われてフランソワーズは承諾した。

教室に戻るというミレーヌと別れて
フランソワーズはパーティに着て行く服を見に行く事にした。
日本を出る時、普段着だけをスーツケースに詰めて来たから
この時期の夜のパーティに着て行けそうなものは
何も持っていなかった。
高価なデザイナーズブランドじゃなくても
上品な膝丈位のワンピースと靴を買おうと決め
可憐な感じの服がウィンドウに並ぶ小さなショップのドアを開けた。

日本
ジョーは美咲との待ち合わせのカフェに少し遅れて到着した。
美咲はすでに来ていてジョーを見て嬉しそうに立ちあがる。
「ジョー、ありがとう。忙しいのにごめんなさい。モーニングは?」
「朝食は済ませて来たから」
珈琲を注文するとすぐに美咲を見て話を促す。
「ジョーは時間がないのよね、それじゃ本題に入るけど…
私、大学をやめて引っ越そうかと思って」
ジョーが視線をあげる。
「そんな急に、どうして?
…もしかしてあの写真週刊誌が出たから学校でなにか」
美咲はううん、と一旦は首を振って否定したものの
ジョーを見つめ
それからため息をつく。
「そう…なんだね?
なにかいい解決方がないか考えてみるから少し時間をくれないか。
こんな形で中退するなんて絶対に良くない。
君はもう他人の為に君の夢を諦めたらいけない」
「…ジョー」
美咲は誰かに見張られている様で今のアパートにいたくないと言う。
でも例え引っ越しても
大学に行けばついて来られて結局新しい住まいも見つかってしまうだろうと。
「助けてくれるジョー?」
「勿論。僕に責任があるんだから」
「私は…あなたとなら写真週刊誌に載せられても光栄よ。
でも誰だか素性も分からない男性に
いつも後をつけられているのかと思うと怖いの。
勉強にも集中出来ないし
1人だから夜もなかなか眠れなくなってしまって…」
そうだよね…ジョーが重々しく頷く。
美咲が思いつめた様に言う。
「ジョー、もし大学を休学したら
その間あなたの所に、いえ、あの研究所においてもらえないかしら。
勿論、ただでとは言わない。
私が毎日皆の分の食事を作るから…掃除もする。
あなたが同じ屋根の下にいると思えば
私、どこにいるより安心して毎日を過ごせるわ」
ジョーは彼女の必死の願いに心が揺らぐ。
「…ごめん、美咲ちゃん。
それは僕1人では決める事は出来ないんだ。それに…」
「フランソワーズね?」
ジョーはそうじゃないよと首を振る。
「君が僕のところにいたら、もっと怪しまれて外で付け回されるだろう。
それじゃ本末転倒になってしまう」
「だから、だから私はあなたとなら何があっても大丈夫って言ってるじゃない!」
「…。」
美咲が声を荒げたところで1人の男がテーブルに近づいて来た。
「大丈夫ですか?大きな声が聞こえたけど…」
美咲がジョーを見つめ、彼が何でもありませんと応える。
「私、ディープダイレクトのこういう者なんですけど
お二人について少しお話伺えないでしょうかね?」
ジョーは男の出した名刺を受け取らず
男は仕方なくそれをテーブルの上に置いた。
「あなたですか。あの写真や勝手な想像で記事を書いたのは?
それにしつこく彼女を付け回しているそうだが」
しかし男は狡猾そうな眼付きで
勝手な想像なんて滅相もないと手を振る。
「もし誤りがあるのでしたら訂正記事を書くので
お話聞かせてもらえませんかね」
「話す事は何もありません。このまま彼女を付け回す様なら
こちらにもそれ相応の対応をさせてもらわないといけなくなりますが」
ジョーが強い口調で言うがパパラッチは一歩も引かない。
「じゃ、お二人の関係を一言だけ下さいよ」
ジョーは男を無視して美咲に帰る様に促す。
「でも…」
そういう美咲に、ジョーは男から視線を外さず
「大丈夫、君のマシンが出るまで僕と記者さんはここにいるから」
頷いた美咲は足早にレストランのドアへと向かう。
「島村さん、話してくれないと我々はいつまでも追いかける事になる」
ジョーは珈琲を飲み干すとレシートを持って立ち上がる。
「僕はただのレーサーだよ。
君は他にもっと追いかけるべき人達がいるんじゃないのか」
「僕は社会部でもアイドル担当でもないんでね。
誰だってこんな仕事より、あんたみたいな煌びやかな世界で生きていたいさ。
だけどこっちだって、食べさせてやんなきゃなんない家族がいるんだよ。
一旦はりついたら、はいそうですかと撤退は出来ないんだ」
男がレジに向かうジョーの後ろからわめくので
他の客達が2人をじろじろと見ていた。

駐車場まで追いかけて来た男が言う。
「島村さん、僕は別に良いんですよ。
今日の分はもう写真も撮れてるし
レース前にも仲良く早朝のモーニング珈琲というタイトルも」
ジョーは開きかけた車のドアを閉める。
「美咲ちゃんにこれ以上迷惑をかけないで欲しい。
君のせいで学校にも行けない状況になっている。
嘘の記事で彼女の人生を台無しにしないでくれ」
男はジョーの言葉ににやりと笑う。
「勿論ですよ。島村さんさえちゃんと認めて下されば」
ジョーは怪訝な顔をする。
「認める?」
「エエ、交際中なんですよね、あの女子大生と」
「美咲ちゃんは友達だ」
男が笑い出す。
「皆さんそう言うんですよ。
一晩二人っきりで過ごしてもゲームしてただの、
公演について話し合っていただの
そんなのどこの誰が信じます?
だからね、島村さん達が一晩二人きりでいた事で
変な言い訳しても誰も信じませんよ」
「誰からそんな話を…」
「それは守秘義務がありますんでね。
一般論ですけどね、芸能人や著名人とそう言う仲になると
どうしても友人達に話したくなってしまう。
きっと彼女が学校ででも自慢げに友人達に話したんでしょうよ。
そしてそれを聞いた友人がその情報を売ったと。よくあるパターンですよ」
ジョーは美咲がそんな話を誰かにするとは思えなかった。
友達のふりをしたり、良い子ぶった女の子達が嫌いで
誰とも群れない事にしてると言っていた。
しかしそれなら何故研究所での事が
第三者に知る事が出来たのか説明がつかない。
「島村さん?」
「…美咲ちゃんは大事な友人の1人であるのは間違いない。
しかし、恋人ではなく、妹の様に思っている。
君に妹がいるなら、そういう気持ちで接しているという事だ」
男は笑い出す。
「妹ですか。そう来ましたか。だから一晩二人っきりで過ごしても
大人の男女の関係にはならないと」
「勿論だ。
ちゃんと答えたんだから、もう彼女にはつきまとわないでくれ。
もし君の間違った思い込みやガセネタのせいで
彼女が大学を辞めなきゃならない様な事になったら
君には人、1人の人生を狂わせる責任がとれるのか?
もう一度言う。彼女は大切な友人の1人で妹の様に思っている。
それ以上でもそれ以下でもない」
ジョーはもう男に喋る隙を与えず車に乗り込む。
「島村さん!」
まだ男は何事か叫んでいたが音楽をかけ、車を出した。











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#32[2018/12/14 21:53]     














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